中間選挙直前:Restore Sanity!(正気を取り戻そう)

アメリカは中間選挙まで2日と迫った週末。下院全員と上院の三分の一、36州の州知事を選ぶ中間選挙は、オバマ陣営の民主党が苦戦していると伝えられる。2年前に熱烈にオバマを支持した若者層が今回はすっかり白けている感じだ。

中間選挙は地方選なので、テレビでは連日、地元候補の選挙CMが満載。自分の政策を語るのでなく、ライバル候補の失策をあげつらうネガティブキャンペーンばかりでうんざりする。おどろおどろしいナレーションが伝えるのはこんなこと。
「彼はこの3年間に、自分の給料を3割もアップさせたが、教育費を3回も削減した。彼がくる前に比べて失業者は10倍に増えている」
「彼を良く知る人たちは彼を嘘つきだという。彼の会社は過去に40回も訴訟を起こされている。残念ながら彼にはこの州の政治を任すことはできない」

そんな悪い奴が大手を振って公職についていいものかと思うような内容が続く。真偽のほどは分からない。たとえ正しくない情報で訴訟になったとしても、その前に選挙は終わってしまうから、言った者勝ちだ。

さらに今回は、共和党のなかで最も保守的な”Tea Party”が勢いづいているのも人々をうんざりさせている。現政権のやることはすべて反アメリカ的といわんばかりの主張に、冷静な人たちは、彼らは無責任に何にでも反対しているだけで、建設的な政策は何もないと言っているが、何となく全体が極端な方向に流されているようで雰囲気は良くない。

そんななか「Restore Sanity:正気を取り戻そう」というイベントが昨日の土曜日ワシントンDCで開かれて、予想を上回る人が(多分、数十万人)が集まった。

イベントを呼びかけたのは人気コメディアン/司会者のJohn Stewart。MTV傘下のケーブル局Comedy CentralでThe Daily Showという30分番組を月曜日〜木曜日の週4日やっているトークショーホストだ。彼の番組は、ニュースを面白おかしく風刺で伝えたり、政治家やメディアの言動をばっさり切り捨てるコメントで、20代30代の若い世代を中心に圧倒的な人気を誇る。

テレビはほとんど見ないがジョン・スチュアートだけは見る、という話を、私は実に多くの人から繰り返し聞いてきた。政府機関や公益法人、法律事務所が多いワシントンの人たちは全米平均より知的水準が高く、どちらかといえばリベラル派が多い。彼らにとってジョン・スチュアートは見ておかないと翌日のオフィスの会話に支障を来す類のものだ。彼の番組にゲスト出演することは、政治家や著名文化人にとって絶好の機会。先週は、オバマ大統御本人がゲスト出演した。

さて、秋晴れの土曜日午後に行われた「Restore Sanity」イベントには、早朝から人々が大挙してDC中心部に押し寄せた。私は混雑を避けて、前日のリハーサルの様子をちょっと見に行ったけれど、当日はテレビ観戦。ワシントンのナショナルモールを、ステージが作られた東端の国会議事堂前から西端のリンカーンメモリアルまでほぼ埋め尽くした人の数は、150万人と言われたオバマ大統領の就任式には及ばないが、その半数はいたんじゃないかという感じの人波。一コメディアンが呼びかけたイベントにこんなに人が集まるのは、いかにみんなが今回の選挙にうんざりしているかを示しているのでは?

このためにわざわざアラスカから来たとか、カリフォルニアから来たとか、びっくりするような遠い場所から来た人もたくさんいた。なぜ、そんな遠くから?と聞かれて「今回の選挙には本当にうんざり、正気でいるには来るしかないと思った」とか「同じように思っている人たちと一緒に盛り上がりたかったから」とか。

正午に始まった3時間のイベントは、スタートから2時半過ぎまではライブ音楽と世相を斬るお笑いで聴衆を楽しませた。どこかの党を支援するわけでも、具体的な候補者の名前を出すわけでもなく、あるいは政策の是非を語るわけでもない”政治集会”が続いていく。

Comedy CentralでThe Daily Showの後の30分番組を持っているスティーブン・コルベールも一緒にイベントに登場して、混ぜっ返す役割を果たした。もともとジョンは大人が笑える番組を、コルベールは学生受けの笑いを得意としている。

最後の15分、ジョン・スチュアートがついにマイクを握って語り始める。
ーー「政治とマスコミは、人にいろんなレッテルを貼って、対立を作りだしている。アメリカ社会が病んでいて、(党の超えて)協力しないから問題を解決できないと恐怖を煽る。でも、現実の社会で人は、毎日毎日、協力しながら問題を解決している。協力して問題解決が出来ないのは、(背後の国会議事堂を指さして) ここと、(FOX newsなど)ケーブルテレビだけだ。

ーー「幸い、アメリカ人は「ここ(政治)」で生活しているわけでも「ケーブルテレビ(マスコミ)」に住んでいるわけでもない。同じ価値や原理を共有できる場所で、日々協力して問題を解決しながら生きている。ほとんどのアメリカ人は、純粋に共和党だったり民主党だったりリベラルだったり保守だったりするわけではなく、いつもちょっとだけ何かに遅れを取ってしまう人間らしい人間として生きている。嫌でもやらなければならないことを、何とか妥協しながら日々の暮らしを続けている」

選挙CMやニュースが伝える極端な情報ではなくて、日常から政治を考え直そう、情報に踊らされるのではなくて「正気を取り戻して」行動しようーージョン・スチュアートが伝えたのは、たったそれだけのメッセージだったが、最近の選挙CMやティーパーティのニュースにうんざりしている多くの人にとっては、まさに「正気に戻れる」「自分の感覚にフィットする」メッセージだったようだ。

このイベントが火曜日に行われる中間選挙の結果を大きく左右することはないだろうが、これだけの多くの人が賛同して集まったことに、なんだか救われたような気がしている。

なおジョン・スチュアートは来年のアカデミー賞司会者に決まったそうです。彼のスピーチは下記YouTubeで見られます。


http://www.youtube.com/watch?v=jXmbzLI3pnk