ノーマン・ロックウエルとG.ルーカス S.スピルバーグ

7月4日 アメリカ独立記念日。朝から首都ワシントンのNational Archives国立公文書館みたいなところ)の前で行われた独立宣言を読み上げるセレモニーを見学に行く。その後、パレード参加者がリハーサルをしているNational Mall(芝生の広場)を散策し、パレードの始まる直前に見物客で埋め尽くされたConstitution通りを離れて、スミソニアン博物館のひとつ、American Art Museumに行った。

つい2日前に始まった特別展を、パレードの始まる時刻なら多分すいているだろうと思って行ってみた。特別展はNorman Rockwellノーマン・ロックウエル。

知っている人は多いと思いますが、1918-1963年にSaturday Evening Postという週刊誌の表紙を書き続けた画家/イラストレーター。普通の人々が暮らす日常の一コマを切り取った情景を、ユーモアとペーソスのあるタッチで描いた作風が、日本でも人気が高い。

45年も週刊誌の表紙を描き続けた画家なので、生涯に描いた作品はデッサンも含めると2万点とも言われますが、その大半が火災で焼失してしまったとか。原画をたくさん所蔵している美術館は少なく、残っている作品が売りに出ると億単位の値段がつくそうです。

そのロックウエル作品の個人コレクターとして有名なのが、アメリカ映画界を代表する二人、ジョージ・ルーカススティーブン・スピルバーグ。この二人が所有する作品50点以上が展示されている特別展が、ワシントンで始まっているというわけ。

ルーカスとスピルバーグがロックウエル作品について語る15分ほどの映像も上映されている。ルーカスは、子供の頃、毎週土曜日に父親が持って帰ってくるSaturday Evening Post誌が楽しみで、中の記事は開かず、ただ表紙だけを眺めていることが多かったという思い出を語り、映画を作るようになってああいう普通の人々の日常の輝きを描く作品を創りたいと思った、と言う。そういえばルーカスの出世作「American Graffiti」の印象的なシーンは、ロックウエル作品の情景によく似ている。

スピルバーグは、飛び込み台にしがみついて恐怖に引きつった顔で下のプールをのぞき込む「Boy on high dive」という作品(写真左)について、「その映画を撮ります、と声に出して決断を伝える時の一瞬前の心境は、あの絵と同じ。『シンドラーのリスト』を撮るときなど、まさにそうだった。だからあの絵を見たとき、これは何としても手に入れたいと思った」と語る。

またスピルバーグは、ロックウエルの作品には、 人情とか弱い者へのいたわりとか、多くのアメリカ人がアメリカ社会はこうあってほしいと思うイメージが描かれている、とも言う。現実の社会はそうじゃないかもしれないのだけど、と断りながら。

子供時代に毎週見てきた雑誌の表紙画が、のちの二人の映画作りに大きな影響を与えてきたんだなということも分かって面白かった。

雑誌の表紙画として書かれた絵ですが、原画は雑誌サイズよりはるかに大きくて、20号とかいうのかな、縦横70センチくらいの絵が多かった。下絵として木炭画もたくさん描いた人で、例えば同じ絵を、ルーカスが絵の具で仕上げた最終作品を、スピルバーグが木炭画を持っていて、両方を並べて見られる展示もあって、とても興味深かった。

私のお気に入りは、Jury Room:陪審員室という作品。全員の意見が一致しないと評決が出せない陪審員制度で、11人の男性陪審員にひとりだけ若い女性が交じり、どうやら彼女だけ意見が異なる模様。男性陪審員が総掛かりでなんとか説得しようと試みているが、彼女は自分一人で正義を背負っているみたいに背筋を伸ばして譲らないーーという情景かな。ネットに流通している画像をアップしましたが、原画の印象はもっと鮮明なもの。背景がもう少し沈んだ色で、女性の着ているシャツの白とハイヒールの赤がくっきりきわだって印象的だった。

展示の説明を読むと、1950〜60年代まで多くの州で女性陪審員は認められていなかったそうで(人種だけでなく女性差別も実はアメリカは根強かったのです)、そんな社会情勢を鮮やかに切り取った作品なのだろう。

いずれにしろ、原画で見る迫力はネットや印刷物の比ではなかった。この特別展、2011年1月2日まで、ワシントンDCのSmithsonian American Art Museumで見られます。