Branding?  ”Chevy”の愛称を禁じたGMの戦略

アメリカ車がビジネスにならない日本ではなじみが薄いが、GM(General Motors)一番の売れ筋ブランド”Chevrolet シボレー”は、”Chevy:シェヴィ”という愛称で親しまれている。

ところがこのほど、デトロイトGM本社からシボレー部門で働く従業員に向けて「 Chevrolet を Chevyと呼ぶのは、ブランドの一貫性consistencyを重視する観点から好ましくない。ビジネスの場面でも、家族や友人と話をするときにもニックネームのChevyを使うことを禁じる」というお触れが回った、というニュースが今朝6月10日のニューヨークタイムスNYTに載って話題になっている。
http://www.nytimes.com/2010/06/10/automobiles/10chevy.html?ref=automobiles

社内に発信されたメモには「世界中で認知されているブランドを見ると、例えばCokeもAppleも、ブランド戦略には一貫性を重視した方針をとっている。ブランド名の一貫性を貫くことで、ブランドがさらに消費者に定着し、認知度をあげることになる」と続くのだそうだ。

ここで例に出された”Coke”は、正式名Coca-Colaのニックネームだし、Appleはブランド名じゃないとNYTは指摘したうえで、ブランドコンサルタントのコメントを引用して「Federal ExpressはFedexになったし、Kentucky Fried ChickenがKFCに代わったように、ブランド名や企業名はカジュアルになっていくトレンドがある。今回のGMの決定はそれに逆らうもので、本気でChevyをChevroletに変えるには、GMが破綻から再生した以上の困難が待ちかまえているだろう」と報じた。

Chevyの愛称をアメリカで定着させたのは、Don Mcleanの1971年のヒット曲「American Pie」がきっかけだったそうだ。

話がそれてしまうのだが、「American Pie」はとてもノリの良い曲で、オバマ大統領の就任記念コンサートではカントリーの大御所ガース・ブルックスが歌って観客が踊りながら大合唱になり、大いに盛り上がった。

ところがそのノリの良さとは裏腹に、歌詞はメタファーだらけで、謎めいて興味深い内容。1959年にバディー・ホリーなど4人のミュージシャンが飛行機事故で亡くなった日を「音楽が死んだ日」The day the music died.と呼んで、その後の1960年代のあれこれを歌詞に盛り込んでいく。

例えば「あれから10年が経ってRolling Stoneにも苔が生えたし」とか「公園で練習している4人組」「ブルースを歌う少女に会った」とか、それぞれ多分Rolling Stones, The BeatlesJanis Joplinのことを歌っているんだろう。1960年代のアメリカをこの歌からひもといて本が一冊書けるんじゃないかと思うくらい、いろんな意味を詰め込んだ曲です。

本題に話を戻します。そのAmerikan Pieの最もノリの良いさびの部分に、
Bye, bye Miss American Pie
Drove my Chevy to the levee but the levee was dry

という部分があって、この”Chevy”がすっかりシボレーの愛称として定着したというわけ。GMはテレビCMでもウエブサイトでもChevyという言葉を多用してきたし、実際、現在も使われている。2006年の「Baseball, hot dog, apple pie, Chevy」がキーワードだったCMでは、アメリカを象徴するものとして、野球、ホットドッグ、アップルパイと並べて誇らしげに自らChevyの名前を使っている。

NYTが朝に伝えたニュースはその日のうちに話題が沸騰して、夕方のテレビ各局のニュースでもGMの従業員や町の声を拾って伝えられている。「アメリカ文化の象徴じゃないか」「GMはいったい何を考えてるの?」などというコメントをする人が多い。

Brandingとは、そのブランドを消費者に好印象をもってもらうようにコントロールするマーケティング戦略のことですが、もし、破綻した古い体質のGMを思い起こさせるので好ましくないというならChevrolet というブランド名そのものを変えてしまった方が早い。すでに40年も人口に膾炙してきた愛称を使わないでくれっていうのは、どうもBranding戦略としては混乱していると思えてならない。

業界情報を少し調べてみたら、実際にChevroletの戦略をめぐっては混乱が起きていた。4月に長年シボレーの広告を担当してきた広告会社Campbell-Ewaldを切って、新しくPublicis USAに担当を移した。Chevroletの年間予算は6億ドルーーこの金額は日本なら広告予算上位5社に入る規模。これだけでも業界には大きなニュースだったのが、わずかその1ヶ月後に、今度はPublicis USAとの契約を破棄してGoodby, Silverstein & Partnersに乗り換えた。

GMアメリカ国内のMarketing部門を統括させるために、マーケティングの天才と呼ばれるJoel Ewanick氏を今年春に招き入れている。彼はヒュンダイアメリカで成功させた手腕を買われて2009年のForbes誌の「Chief Marketing Officer of the Year」など数々のマーケティング賞を受賞した後、今年、アメリカ日産のマーケティング担当役員に引き抜かれたのだが、日産在籍わずか6週間でGMがさらっていったのだという。

急な広告会社の変更はJoel Ewanick氏の決定らしく(新しい広告会社のGoodbyさんはお友達らしい)、”Chevyと呼ぶのは禁止”の方針は、新しい広告会社の戦略にのっとったものだということだ。

まあそんなわけで、舞台裏には生々しいパワーゲームがあるらしいのですが、現場のスタッフは大変。「Chevyと呼ぶな」のメモには追伸がついていて「Chevyと1回言うたびに25セントを廊下に設置された「Chevy缶」に入れるように、と書いてあるとか。どうなることやら。