火山騒動のヨーロッパを無事脱出

Mac5102010-04-24

ご報告が遅れましたが、21日水曜日に無事ヨーロッパ脱出、アメリカに戻りました。

前日火曜日の朝、ドゴール空港のUA(United Airlines)のカウンターで翌日の予定をたずねたら、午後1時過ぎには結論がでるという。午後1時過ぎに再び行ってみると、パリーワシントン便は臨時便を含め2便飛ばすことがつい10分前に決まった、と言う。

「このチケットだけど」とルフトハンザが発行した先週金曜日のオリジナルのEチケットと月曜日の振替チケットを見せる。(パリーワシントンはUAとルフトハンザの共同運行便で、実際の運行はUAがしている)

すると「明日チェックインカウンターに行きなさい。ウエイティングだけど」との返事。ルフトハンザが出したチケットなのでUAの顧客が優先されるけど、とも釘を刺される。共同運行便なんて買うものじゃないということか。

とにかく水曜日朝8時に空港へ。まだチェックインカウンターは開いていなかったが、すでにエコノミーには100人近くが、ビジネスも15人くらい並んでいた。私たちは運良くビジネスだったので15人の列に並び、間もなくチェックイン開始。

ところが「予約リストに名前が見つからないから、もう一度チケットカウンターで確認して来て」と言われる。私が荷物番をして主人が交渉に行き、どうにか午後2時の臨時便のウエイティングリストに入れてもらえた。

臨時便は、UAの顧客で、アメリカに帰るアメリカ人を優先して乗せる、それも、長い時間待っている人を優先するという原則があるみたいで、私たちは、アメリカのビザを持っていること、アメリカの住所、当初の予定ではいつのフライトだったかなど、細かく情報を確認される。チェックインカウンターで手続きが完了するのに20分以上待たされた。

ついに担当スタッフが「乗れるはずだよ(You should be on board)」と言って仮チケットを出してくれた。ちょっと安心。 スーツケースには「Status Pending」と書かれた赤いラベル(写真)が貼られ、人間が乗れなかったら荷物も乗せないから、荷物と人間が別々になることはない、と説明される。

チケットカウンターを離れたのが8時45分。すぐにパスポートコントロールに進み、出国のスタンプを押してもらった後、土産物店を少しのぞいて、たっぷりあるヒマをつぶすためSudokuのゲーム本を買う。1.90ユーロ。

UAのラウンジは、ワシントン便が臨時便含めて2便、シカゴ便と合わせ3便も飛ぶので大混雑。それでも早めに着いたので電源のある席に二人で並んで座れた。インターネットコネクションは有料(30分で500円くらいと高い)。

コーヒーを飲んだりSudokuをしたり午前10時頃からラウンジで時間をつぶす。定期のワシントン便が12時30分、シカゴ便13時30分、私たちの臨時便はその後の14時。ドゴール空港は手荷物検査をゲートの入り口で搭乗直前にするので、搭乗のアナウンスは離陸の45分前と早い。

11時過ぎ、最初のワシントン便の乗客がラウンジを出ていく。続いてシカゴ便の人たちが出ていくと混み合っていたラウンジは空席が目立つようになった。良い兆候。
「ウエイティングのチケットなんだけど、乗れるかどうか確認できるかな?」と受付の女性に聞いてみる。
「それなら早めにゲートに行きなさい。呼ばれるのを待ってないで搭乗口にいる私の同僚に確認するといいわよ」と親切にアドバイスしてくれた。

さっそく手荷物をもってゲートに向かう。手荷物検査は、パソコンを出して靴を脱いでコートを脱いで、液体の化粧品を出して...とどこの空港でも要求される一連の作業。手荷物検査は簡単に済んで、ゲートに行くと、入り口でもう一度、手荷物について質問を受ける。「ずっと手元に持っていた荷物ですか? 誰かに預けた時間はありませんか? 誰かに何か託されませんでしたか?」アメリカ便では、これも搭乗前に必ず聞かれる質問だ。2月に日本からワシントンに戻るときには、ゲートの入り口で再度の荷物検査と触診のボディチェックまで全員に行われた。アメリカ行きは、いつもとにかく厳しい。

無事に搭乗口に着いて、席が取れているのかどうか確認すると「ちょっと待ってて、シカゴ行きを片付けてしまうから」と言われる。離陸直前だったシカゴ行きはキャンセル待ちで溢れた人が大勢いたらしい。間もなく「シカゴ行きにウエイティングで乗れなかったみなさんも、全員がワシントン便に搭乗できます」というアナウンスがあった。「席はあるから大丈夫ーWe have seats」と安心させるようなアナウンスがあって、ゲート前にざわざわしていた乗客からホッとため息がもれる。

搭乗開始と同時に名前を呼ばれて、仮チケットと引換にボーディングパスを渡される。しかもその場で半券を切って「乗って良いわよ」とパスポートチェックもなしに機内に入ることが出来た。

ビジネスクラスの乗客たちは落ち着いたものだったが、後方のエコノミー席では離陸の時に拍手が、ワシントンに着陸したときには歓声が上がっていた。私たちは緊張の糸が切れたみたいに約8時間のフライトをほとんど寝て過ごした。アメリカ時間、同日夕方、無事に自宅に戻れました。There is no place like home.

アイスランド火山噴火でパリに足止め5日間。予定をキャンセルしたり近況を伝えるために連絡した多くの友人から「パリに足止めなら素敵じゃない」という反応が返ってきていました。

確かに、アフリカにいるアメリカ人の友人はーーアフリカーアメリカ間は必ずヨーロッパの都市を経由するので、アフリカに足止めされたアメリカ人は大勢いたーーテレビもインターネット接続の設備もない簡易宿泊所のようなところにおかれて、情報収集に苦労している旅行者がたくさんいると知らせてきました。

「この際、陸路でオランダやベルギーに遊びにいっちゃえば?」というメールも届きましたが、何とこの時期にフランス国鉄ストライキを決行中だったのですよ。鉄道が時刻表通りには動いていなくて、それも混乱を加速させていた。

足止め中に私たちはパリ市内より郊外に遊びに行きましたが、一日だけパリ市内に行ったら、平日の午後なのにパリは観光客で溢れ(日本人は多かったなあ)、特にオペラ座近くのエールフランスのオフィスの回りは、そのブロックを取り囲むくらいの勢いの大行列が出来ていた。空港近くに宿をとって、毎日、空港で情報収集に務めたのは、結局正解だったようです。

ヨーロッパ全体の機能がマヒしてしまった今回の大混乱、911の時を上回る規模で、二度と起きては困る事態ですが、得られた教訓というか、危機管理のノウハウがあるとしたら、こんなことかな。

情報収集ツールを持つこと: 移動しながらの情報収集になるので、 国際ローミング機能を持つ携帯電話とパソコンは必須。

早起きは三文の得:どこへ行っても行列なので、朝一番から行動するのが鉄則。朝寝坊してたら、私たちは今頃まだパリにいたと思います。

外国語で交渉する能力が必要:空港やホテルで何度か一緒になった日本のビジネスマンがいたのですが、彼にはビジネス現場で鍛えられた英語の交渉力があって、流暢とか洗練された英語では全然ないのだけれど、非常に分かりやすくて言いたいポイントと伝える英語を話し、相手の言うことが理解できるまで何度でも聞き返すし確認する。必要なのは、これなんだ、と思いました。彼は日本語を話すと関西弁なので、なんか関西弁の英語を聞いたような気がします。とにかく外国語の能力差が、こんなときの対処能力を大きく左右することは間違いない。

アイルランド火山噴火で影響を受けた人は世界中で数百万人の規模とも言われますが、その中では私たちは相当に恵まれている部類に入ると思います。なにしろパリだったし、携帯もPCも持っていたし、英語とフランス語が使えたし、早起きだったし、持っていたチケットがビジネスだったし。

もっともっと厳しい環境におかれた人、心細い思いをした人が大勢いたはず。日本では空港が宿泊用に部屋を開放したり、食事を提供したり、することのない人たちに成田市内ツアーを企画したりと、さまざまなサービスを提供したと聞きました。すごく良い国だなと思います。少なくともフランスでは、そんなことは起きていませんから。

おそらく今週中には、ほとんどの人たちが無事に帰路について騒ぎも収まるでしょう。みなさんご苦労様。やれやれ、でした。