「オバマケア」の中身

アメリカの医療保険の問題点を見てきたが、じゃ、このさい全部チャラにして他の先進国が持っているような一元化された「ユニバーサルヘルスケア」システムを作ればいいじゃん、と、アメリカ以外の保険制度を知っていたら思うはずだ。

でも、ここまで複雑に発展してしまった仕組みをチャラにしたら経済が大混乱に陥る。それでなくても不況のどん底財政赤字が増え続けているのにーーというわけで、現行のシステムを維持しつつ、ひずみを補正しようとした「妥協の産物」が今回成立した医療保険改革、通称「オバマケア」だ。法案は全部で2077ページもある膨大なもので「全部を理解している人は誰もいない法案を通すのか」と反対派から猛反発を食らっていた。各メディアがまとめた要点解説から、私が理解した概要は、ざっとこんな感じ。

大きな原則は、国民皆保険を目指し、保険に入らない個人・企業は罰金を支払わなくてはならない。保険に加入すれば、低所得者や小企業には補助金が用意されている。保険の乗り換えや加入、事務処理を合理化するために「Insurance Exchange」という保険の株式市場のようなものを作って、医療保険システム全体を改善していくーーというあたりかな。

具体的に変更される大きなポイントは:

・既往症を理由に保険加入を拒否してはいけない:これまで最大の問題とされていた既往症(Pre-Existing Conditions)があると保険加入を拒否されるか保険料が高騰するという問題は、この法律で禁止された。ただし、この措置を悪用する人を避けるために当初は6ヶ月間無保険だった人だけに適用され、本格実施は2014年なのでしばらくは混乱するかもしれない。

・26歳までは親の扶養家族になれる:これまでは高校を卒業すると「自立」しなくてはならなかった若者が、26歳の誕生日までは収入がなければ親の扶養家族になれる。

・総額制限がなくなる:保険が適用される医療費総額に上限を定めることが禁止される(段階的適用で禁止されるのは2014年)

・小企業に特典:従業員50人以下の小企業が保険に加入すれば最大50%まで減税される(保険料の補助をもらえる)。

低所得者にも補助が出るーーFPL(連邦が定める貧困ライン:年収16,425ドル以下)の1.5倍より収入の少ない人たちは、保険料が年収の4%で保険に加入できる。自己負担する医療費が年収の15%を超えることはない。

・自営業者が保険に入りやすくなるーーこれまで最も割を食ってきたのがこの層で、企業で保険に入れば医療費や保険料の割引が受けられるのに、個人で保険に加入するこの人たちは「数のメリット」という交渉材料がないので、高額な保険料と医療費を支払わなければならなかった。新制度のもとで「Insurance Exchange」を通じて保険に入ると、4人家族で年収88000ドルまでなら国の補助を受けられる。

・国が補助をしている高齢者の医療保険メディケイド:処方箋の代金が一定額を超えると自己負担が大幅に増え、すごく高額になるとまた補助がでるという現在の「ドーナッツホール現象」が修正されて、自己負担の50%まで補助が出るようになる。

・企業の保険は変更なしーー「今の保険が気に入っているなら、それは何も変わりません」と説明されているが、既往症への保険加入禁止や医療費制限の禁止などで保険会社の支出が増えるので、全体として保険料は高騰するだろうと保険会社は予測する。一方、新規の保険加入者が3000〜3200万人いて、そのほとんどが若くて健康な若者なので、保険料収入の増加で保険会社の収益は好転するはずだという議論もある。

とにかく膨大な法案で、他にも、高額な保険を買っている人は増税される(医療費を節約する意識に欠けるから)、僻地医療に補助が出る、重複や過剰な検査・治療をしないよう合理化を進める病院にインセンティブを与える、日焼けサロンに課税する、チェーンレストランはメニューにカロリーと成分表示を義務づけられる、などなど医療と健康に関する細かい改革がぎっしり詰まっているらしい。

あと二つ重要なポイントがあって、妊娠中絶に保険の適用はできないこと、不法入国してアメリカで就労している外国人に保険の適用はしないこと、が盛り込まれている。

昨年末に上院で可決され、3月21日にわずか6票差でかろうじて下院で可決され、3月23日に大統領が署名して発効した医療保険改革。CNNの調査では、実は、国民の59%が法案に反対しているという。問題山積の医療保険を改革することに、どうしてこんなに多くのアメリカ人が反対するのかーーそこが次のテーマです。