従来の医療保険の問題点

日本では、医療保険つまり健康保険は、会社で入る健康保険も個人で加入する国民健康保険も、保険証を提示すれば、どの病院にもかかることができるし、受けられる医療のレベルが変わることはない。ほとんどの先進国で、これが常識のはず。医療保険は、たいていの国で一元化されたシステムで運営されているので「ユニバーサルヘルスケア」と呼ばれ、支払った保険料を国か国の運営するひとつの組織に集め、医療機関に分配される。

ところが、この常識がアメリカでは通用しない。アメリカの医療保険は、民間の数多くの保険会社が運営していて、しかも各保険会社が複数の「保険プラン」を用意している。自分に合った「保険プラン」を選んで保険に加入するもので、一元化されたものではない。「ユニバーサルヘルスケア」ではない。

「プラン」によって、かかれる病院・医師の範囲が違う、毎回の診療の際の自己負担額の割合が違う、保険が適用される病気の種類が違う、保険でカバーできる医療費の総額が違うなどなど、内容が異なる。保険料が安いと、自己負担が大きかったり、かかれる病院や病気の範囲が狭まる。質の高い医療には手が届かない。高額な保険を買えば、質の高い医療が保険でカバーされる。

会社勤めの人は、会社がまとめて保険会社と契約している保険に入れる。転職する時には、転職先がどんな保険プランを用意しているかも、会社選びの大きなポイントだ。

高齢者にはメディケアと呼ばれる高齢者保険があり、国から補助金が出ている。またFPL(Federal Poverty Line:連邦が定める貧困ライン)レベルの最貧困層には最低限の医療保険メディケイドが用意されていて、保険料が免除されるか補助される。

おおざっぱにアメリカの医療保険制度を説明するとこんな感じなのだけど、たくさんの大きな問題が存在する。

・既往症(Pre-Existing Conditions):保険加入時にすでに発症している病気には保険は適用されない。ユニバーサルヘルスケアでないことと既往症問題が組み合わさると、大きな問題が起きる。
例えば、重い病気になって会社を辞めざるをえなくなる。会社の保険は退職と同時に切れるので、新たに自分で保険に加入しなくてはならない。新しい保険に入る前に病気を発症しているので、この病気に保険が効かない。あるいは、保険加入そのものを拒否される。病気を治すために会社を辞めたのに、これでは病気を治せない...

・保険のプランは州単位:それぞれの保険はたいてい州ごとに運営されていて、州外で使えないことが多い。旅行先で病気になっても州外だと保険は使えない。都会で一人暮らしの女性が重い病気にかかる。親元に帰って治療をしたいが、彼女の加入している保険では、違う州にある親元で病院にかかれない...

・総額制限:一年間あるいは生涯に使える医療費の総額制限が設けられていることが多い。万一重い病気になって医療費がかさみ上限まで医療費を使ってしまったら、その先は全額が自己負担。もちろん、既往症の制限でほかの保険に乗り換えることもできない...

・総額制限・企業保険の場合:会社が従業員のために用意している保険にも医療費の総額制限がある。加入者の多い大企業なら平準化されて問題になることは少ないが、従業員数の少ない小企業で一人あるいは数人が重い病気にかかると、その会社全体の上限まで医療費を使い切って、他の従業員が使える余地がなくなる。

・親の保険で子供を扶養家族にできるのは高校卒業まで。大学に行けば大学の保険、就職すれば職場の保険があるから扶養の必要はないという前提なのだと思うが、この不況で就職できない若者が大勢いて、彼らのほとんどが無保険でいる。

保険診療には、保険会社、病院、薬局などさまざまな場所で書類が発生する。 多種多様な保険プランが存在することで、書式はバラバラ、データ登録の仕方もバラバラと、事務処理にかかる手間とコストが膨大。医療保険に関わる莫大な費用の3割〜4割が、こうした事務処理費だとか。

・医療費は個人の財布にも深刻。平均世帯収入580万のこの国で、保険料を含む医療費が年収の3割〜4割にのぼるという家族が少なくないという。そしてアメリカ人の6人に1人、4500万人が無保険でいる。

保険料の仕組みがどうなっているのか、ちょうど1年くらい前に調べてブログしたページがあるので、興味があったら確認してみてください。
http://d.hatena.ne.jp/Mac510/20090227


細かく挙げていけば、まだまだ問題点はあるが、アメリカの医療保険の破綻ぐあいが何となく分かっていただけたかなと思う。

オバマケア」などと呼ばれる今回成立した改革案がどんな風にこれらの問題を改革しようとしているんか、それを次にまとめてみる。