デジタルで本を読む:電子ブック事情

2009年も押し詰まって、出版界の話題がいくつか目にとまりました。
まず、アメリカのアマゾン、12月25日クリスマス当日の売上は、電子書籍が初めて紙の本を上回ったそうです。また、クリスマス商戦でアマゾンの電子ブックKindle(キンドル)が史上最高売上を記録したとも。

このKindleに対抗するためでしょうが、出版界大手5社が共同でデジタル書店をスタートさせるプロジェクトを始めたというニュースもあります。5社とは、Time.inc、News Corp. Hearst Magazines, Conde Nest, Meredith Corp.。

Time.incは、Time誌でお馴染みですが、他にもFortune,Sports Illustrated,People,Money,Real Simpleなど有名雑誌を多数かかえている。
News Corp.は新聞・テレビが有名なルパート・マードックの巨大メディア企業ですが、出版部門のHarper Collinsは、サラ・ペイリンの自伝をこの冬のベストセラーに仕立てています。
ハースト系のHearst Magazinesは、Good Housekeeping、EsquireHarper’s Bazaar, CosmopolitanSeventeenなどの有名雑誌を持ち、Conde Nastは、The New Yorker, Vogue, GQ、Vanity Fairなどおしゃれな雑誌が多く、Meredith Corp.は、Better Homes and Gardens, Family Circle, Ladies’ Home Journalなど優れた家庭雑誌を多くだしている。

市場では激烈な競争を演じる出版大手5社が手を組んで、テクノロジー開発も含めてデジタル書店をスタートさせようというわけ。というのもデジタル書籍の分野では、アマゾンが多くの出版社を取り込んで成功している。これを指をくわえて見ているわけにいかない。ある記事によれば、アマゾンのKindleで「本」を売れば、売上の70%が出版社に入り、読者情報もついてくる。出版社にとって利益率は高いし「返品」の心配はないし、読者に「こんな本もありますよ」と直接情報提供できる。しかもeBookは紙を使わないから環境に優しいし、家庭の書棚にあふれかえることもなく、ゴミをださない。配送の手間・コストもかからない。つまり、eBookに反対する理由はあまりない。

もちろんKindleの他にもSonyが電子ブックに進出しているし、大手書店のBarns & Nobleは独自のiPhoneアプリを開発してiPhoneに書籍を配信するサービスが好調だという。

この種の電子ブックがどのくらい普及しているかというと、アマゾンはKindleの販売数を発表していないので皮膚感覚でしかないですが、私の周囲にKindleを持っている人は何人かいる。地下鉄の中でKindleで本を読んでいる人は、けっこう見かける。iPhoneで本を読んでいる人も時々。

少なくとも何らかの電子ブックを使っている人、多分20〜30人に1人くらいかと。 政府機関、大学の多いワシントン周辺は、全米平均と比べると知的レベルの相当に高い地域だと思うので、これが全米平均にはならないと思うが「本を紙以外の形態で購入して持って歩く」ことへの抵抗感は、急速に薄れている気がする。勢い、出版社も書店も、ハードメーカーも、デジタル書籍に舵を切る競争が始まっているわけですね。

Kindleを触らせてもらった感じは、表示スピードはちょっとかったるい気もしますが英語が母国語でない私には不自由はない。軽いし、寝転がっても読めるし、何しろ厚さ1センチ足らずのKindleに好きなだけ本をダウンロードして持ち歩ける。紙の書籍の1/3程度の値段で本が読める。新聞も読めるし、辞書もついているし、ネット接続できるし、本を持ち歩く習慣のある人には、相当に使える気がする。

翻って、日本の出版界事情ですが、書籍と雑誌の売上が20年間保ってきた2兆円を割り込むそうですね。日本の出版流通は「取次制度」という仕組みの中で成り立っている。出版社から直接読者へ、あるいはネット書店から読者へという書籍の世界は、取次制度の破壊。だから旧来の出版業界は積極的にデジタル書籍へ舵が切れないでいる。でもそれが結局、出版業界を縮小させ、若者の読書離れを促進しているかもしれない。実際「ケータイ小説」は読まれてベストセラーが生まれているわけだし。出版業界は紙(書籍)を売るのが仕事ではなくて、そこに書かれた「コンテンツ」を売ることが仕事と割り切ってビジネスの再構築が必要な時代なのでは?

アメリカでは大手書店のBarns & Nobleが、eBookに力を入れ、ウエブのコンテンツを充実させた結果、店舗への集客を増やしたそうです。webで話題の本のレビューをしたり、クーポンがもらえる仕組みを作ったり、また書店内のコーヒーショップ(アメリカの書店にはたいていコーヒーショップが併設されていて座って本が読める)の飲物無料チケットをダウンロードできるようにしたり、webと店舗の融合が上手くいった例として、メディアに取り上げられていました。

アメリカの出版事情を調べていくうち、世界の出版社売上ランキングというデータを手に入れました。けっこう意外なデータだったので、合わせて紹介してみたいと思います。
http://www.docstoc.com/docs/12289514/Global-Publisher-Ranking-2009---Publishers-Top-50

「書籍出版社の世界TOP50」というランキングなので、冒頭で紹介した協同プロジェクトに参画している5社のうち、ランキングに登場するのはNews CorpのHarper Collinsのみ。あとの4社は書籍出版をその一部に持つディア企業なので「出版社」としてカウントされていないのかもしれません。ランキングを見て驚くのは、アメリカの会社が8社と少ないこと。圧倒的に目立つのが、イギリス、ドイツなどヨーロッパの企業。日本もTOP50に7社が入っています。小学館集英社講談社、学研、角川書店文藝春秋、新潮社ーーなるぼどという顔ぶれですね。

紙に印刷した書籍を取次→書店ルートで売る、というビジネスモデルは「書籍出版社」のものですが「情報をメディアに載せて売る」ビジネスなら、ハードメーカーからwebにコンテンツを持つありとあらゆる組織と個人まで、数え切れないコンペティターが出現する。

webの世界でビジネスモデル(=収入を得る仕組み)を確立するのは難題ですが、新聞も雑誌も出版も、あるいはテレビでさえ、水面下で試行錯誤を繰り返しているのが聞こえてきます。多分それが2010年は具体的な形になって提案されてくると思う。2010年に楽しみなことのひとつ、メディアの行く末に方向性が示されるのではないかということ。

私自身は、相変わらず家から歩いて2分の巨大な書庫、Arlington Central Libraryを使い倒すことを目標にしているので、来年も図書館通いを続けるつもりです。

簡単な読書日誌のデータベースを組んでいるのですが、2009年は図書館で借りて読んだMysteryが、今読んでいるもので69冊目になります。そのほとんどが日本では翻訳されていないもの。でも図書館にはまだまだ永遠に読み続けられるほど眠っているんだよなあ...
(子供の頃、書店の天井まで届く書棚を見上げて、ここにある本を、一生のうちに全部読めるだろうかと、本気で悩んだことがある私です)