アナログ放送終了・放送完全デジタル化の経緯

Mac5102009-06-16

と、いうわけで、拍子抜けするくらい何ごともなく、アメリカのアナログ放送が終了したわけですが、この際、も少し経緯だの背景だのまとめておこうと思います。今日のは、長いです。

6月12日のアナログ放送終了に関して、各メディアの中では比較的詳しい記事を掲載したLos Angels Timesは、
「アナログ放送終了、テレビのオールデジタル化は、事前にあれほど騒がれたのにフタを開けてみたら、ちょっとした頭痛程度の混乱で終わったコンピュータの2000年問題の時とよく似た感じに落ち着いた」と伝えています。

≫≫1世帯40ドル×2枚のクーポンを補助

テレビ放送完全デジタル化は、当初は今年の2月17日に予定されていたのですが、経済情勢や準備の遅れなどにかんがみオバマ政権になってから6月に延期されたのでした。

家庭用アンテナでアナログ電波を受信して地上波でテレビを見ていた世帯は、新しくデジタル対応のテレビを買うか、ケーブルなど多チャンネル提供サービスに加入するか、あるいはコンバータボックスと呼ばれるアナログテレビでデジタル放送を見るための装置を購入しないと、デジタル放送は見られません。

コンバータボックスの購入には、FCC(連邦通信委員会)のサイトで申請すれば、40ドルのクーポンを1世帯に2台分もらえて、個人負担は10ドル〜30ドル程度で済むという救済策がある。(冒頭の写真はクーポンのロゴ)

そこで昨年から各テレビ局がテレビCMを盛んにオンエアされていました。
「あなたのテレビが6月12日にはただのBOXになってしまいます。No News, No Drama, No Joke」とか、有名人が登場して「コンバータボックスの購入クーポンを申請しましょう」など本当にあの手この手で頻繁に広報活動が行われていた。
≫≫徹底した広報活動と広告・勧誘

また多チャンネル提供サービスの広告合戦もすごかった。ケーブル最大手のComcastやCox、電話回線でデジタルテレビ接続をするVerizonやAT&T、衛星放送経由のDirecTVDish Networkなどなど、昨年秋からの不況でビッグスリーの自動車広告が最大50%も落ち込む中で、テレビ関連の広告だけは増えていたはず。

各社の電話セールスも頻繁で「いま当社のサービスに加入すると、毎月29ドル99セントで150チャンネル以上のテレビと、高速インターネット、電話が使えるようになるうえ、最新のデジタルテレビを1世帯に2台まで無料でお届けします」(!)なんていう、何とも魅力的な勧誘の電話をしょっちゅう受けていた。

アメリカのセールス電話は、電話をとってこちらが何か声を発するとテープが回り出す録音セールス。担当者が自分でシナリオを考えて録音しているらしくて、それぞれ個性があって面白い。例えば、
「ハーイ、僕マイケル。もうすぐアナログテレビは見られなくなるでしょ。いま当社のサービスに登録すれば〜〜〜」と立て板に水のごとくメリットをまくし立て「今すぐ『1』を押してね、マネージャーが対応するから。Press One Now!!」とかいう感じ。

相手がテープだからリスニングの練習のつもりで時間があるときはセールス電話を聴いていたけど、まあ多かった。「ホントか、その値段!」ていうのも多かった。

たいてい最初の3ヶ月とか6ヶ月は安いけど、だんだん値上がりしていって、テレビ、インターネット、電話の3点セット(これに携帯電話がセットになるサービスもある)で月に100ドル以上かかるようになる。

さて、1年近く徹底的に広報活動をしてきたわけで、それでも対応をしていない人がいるのかと思うわけだけど、直前の報道では(視聴率調査の)ニールセンの調べで、まだ300万世帯近くが未対応になっていると言っていた。大半がお年寄り世帯か、英語を話さない移民の世帯だという。

地域によってはそうした世帯を一軒一軒回って準備の状況を確認し、申請や設置を手伝っているコミュニティーやボランティア組織もあったようで、準備は相当に周到だったと言っていいと思う。

≫≫当日の混乱は最小限

それでも6月12日にアナログ放送の電波を切ったテレビ各局は、固唾を飲んで影響を見守っていたらしい。問い合わせの電話が殺到した場合に備えて数百人規模のオペレーターを用意した局もあったようだ。LA Timesが伝えるところでは、各テレビ局にかかってきた問い合わせの平均件数は130件。午前中は多かったが午後にはほとんど静かになったとか。

コンバータボックスを販売する電気店も店頭に商品を山積みにして待機していたが、早朝こそ客足が途絶えなかったが、午後にはめっきり客が減り、店頭から店内奥に移動させたそうだ。コンバータボックスを買いに来た客に聞くと「分かっていたんだけど、何となく先送りにしちゃったのよ」という人が多かったとか。

≫≫連邦通信委員会のレポートから

さて、ここから少し固い話。FCC連邦通信委員会)の長い長いレポートを読み下してお届けします。(オープンにされている最新の統計ですが、なにしろお役所のレポートなので、数字は2006年度のデータです)

アメリカの総世帯数は1億1116万世帯。これに対してテレビ保有世帯の数は 1億1020万世帯。つまりテレビを持たない世帯が100万世帯近くあるということね。
このテレビ保有世帯のうち、何らかの多チャンネル提供サービス(MVPD:Multichannel Video Programming Distributers)を契約している世帯は 9580万世帯。テレビ保有世帯の87%にあたります。この87%は、アナログ放送終了に関して、番組を送ってくるサービス会社が、いわば水道の本管を付け替えてくれるので、何もしなくていいわけです。
つまり「 No News, No Drama, No Joke」(このCM好きだったのですよ)は全体の13%、1440万世帯のみを対象に行われた狂想曲だったというわけ。

この際、踏み込んで多チャンネル提供サービス(MVPD:Multichannel Video Programming Distributers)について少し詳しく。

≫≫MVPDサービス上位8社のシェア

MVPDサービスにはいくつかの種類があります。最大勢力はデジタルケーブルテレビ。次にDBS(Direct Broadcast Satellite:ダイレクト放送衛星)、デジタル放送受信にDishお皿を設置するタイプ、と言えばいいかな。
あと、私がワシントン周辺にいて急速にシェアを伸ばしていると感じるのが、もともとローカルの電話会社がその電話線網にデジタル放送を載せているLEC(Local Exchange Carriers)。他にもFCCの定義をみるといくつもあるのですが、私にはうまく説明できないのとボリュームが大きくないので省略。

で、MVPDサービス会社の上位シェアを見てみると、
1位 Comcast (ケーブル) シェア22.44% 2165万世帯
2位 DIRECTV (DBS)    シェア16.20% 1552万世帯
3位 Dish Network(DBS) シェア13.01% 1246万世帯(※イギリスのEchoStarが親会社)
4位 Time Warner(ケーブル) シェア11.52% 1110万世帯
5位 Charter(ケーブル)   シェア6.17%  591万世帯
6位 Cox (ケーブル)   シェア5.64%   540万世帯
ここまでで全体の75%を占める。

LECはローカル単位のサービスになるので、全米規模で見るとランキングに乗ってこないのですが、都市部でシェアを拡大していてVerizonとかAT&Tが大手。

こうした多チャンネル提供サービスは、100とか150とか200とか見られるチャンネル数の多さを競ってアピール。例えば我が家は最大手Comcastユーザーで、正確に数えたことはないのですが150チャンネルくらいかと。

ネット局もローカル局もケーブル局もテレビのチャンネルはすべて1から999までの中に並んでいて、コマンダを握ってチャンネルのプラスボタンを押していくと、すべての局をブラウジングできますが、まあ、途中で疲れてしまうか、見たい番組にぶつかるか。最後まで行ったことはないかなあ... 初めて接続したときにCNNを探すのに苦労した。

≫≫日本は大丈夫?

来年アナログ放送終了を予定している日本は、もともと多チャンネル提供サービスに加入している世帯が87%もあって残りの13%についての対処を考えれば良かったアメリカとは、だいぶ事情が違うと思います。 アメリカはもともと MVPD加入世帯の割合が高くて過去5年間の統計を見ても、その間に数パーセント伸びているだけ。

日本の場合は、テレビを買い換えるか地デジチューナーを買うか、対処を迫られる世帯割合はアメリカより高いと思われる。アメリカは1世帯に40ドル×2枚のクーポンが援助されたけど、日本は総務省のホームページにはっきりと「受信装置は「自己負担」です」と明記されている(それも「悪質商法にご注意ください」という注意喚起のページに書かれているだけ)。

アメリカでもそうだったように最後まで残るのは高齢者・低所得者世帯。社会とのつながりはテレビだけ、という人の割合が高い層だ。そういう層に負担を強いて、負担できなければ命綱が切られるという施策はいかがなものかと、日本の事情を考えるときに思ってしまう。

まあ、まだ1年ちょっとの時間はあるので、アメリカのように、結局何のトラブルもなく拍子抜けだったねと言える移行であってほしいと思います。