アメリカで最も破綻している制度:医療保険

先日の施政方針演説でオバマ大統領が待ったなしと力説した医療保険改革の計画が発表された。総額6350億ドル=6兆3500億円の予算が見込まれている。医療保険制度は、多分アメリカのシステムが最も破綻している分野だ。
何がどう破綻しているのか、外から見ていると分かりにくいので、少し詳しく調べてみた。

まず、日本や世界の大半の国と違って、アメリカの医療保険は民間の制度に委ねられている。一定規模以上の企業に勤めれば、福利厚生の一環として医療保険がついてくる。企業に勤めていなければ、あるいは零細企業なら保険は自費だ。失業すれば自動的に保険はない。自分でビジネスを立ち上げても保険は当然自費だ。さらに、企業でカバーしてくれる保険にも種類があって、就職するときにどんな保険に入れるのか確かめることが大切だそうだ。

昨年の統計で全米で4500万人が無保険と言われていた。小企業やパートタイムで生計を立てている割合が高い若者層は3割が無保険。失業者が急激に増えている昨今では、無保険人口はおそらく5000万人に迫っていると思われる。つまり6人に1人が保険がない。

一方、医療保険の内容を調べてみると、若くて健康だったら無保険でもいいや、と思えるような現状も見えてくる。民間がやっている保険制度なので各種さまざまな保険が存在する。年齢性別など条件を入れると加入できる保険の内容を一覧で比較できるサイトがあるので、そこで30代半ばの夫婦に8歳と5歳の二人の子供という平均的世帯と思われるモデルをつくってデータを取ってみた。

すると94種類のプランが出てきた。月々の保険料は158ドルから2252ドルまで(月の保険料が22万円以上って!?)。
ベストセラーとフラグのついている中から、2種類の保険を選んで詳細を調べた。わかりやすくするために1ドル100円で円換算。ちなみに、全米のファミリー世帯の平均年収は580万です。

月の保険料2万5000円と割安なプランA。
かかれる医者の範囲は特定ネットワーク内。つまり隣に評判のいい医者が開業していても自分の保険がカバーしていなければかかれない。ただ、専門医には主治医を介さずにかかれるので自由度が高いシステム。
1回の診察の自己負担額が4000円あるいは5000円かかる。さらに、家族で年間100万円までは自己負担(保険会社にとっては「免責額」)。保険が利くのはこの最低自己負担額を超えてからだ。その場合でも20%の自己負担が必要。ちょっと救いは、自己負担上限額というのがあって、最初の100万円を含め医療費が200万以上になったら自己負担額はなくなる。他にも細かな条件がたくさんついているけれど、大枠はそんなところ。

要するに、月に2万5000円、年間30万の保険料を払って、さらに年間100万円以上の医療費がかかったら初めて保険が適用される。年間130万までの医療費は自己負担よ、というプランなのだ。年収の2割までは医療費が占める?

次は月の保険料5万7000円と高めに設定されているプランB。
こちらは主治医がついて難しい病気は専門医が紹介されるシステム(時間がかかる)。ネットワーク内の医者しかかかれないのは同じ仕組み。1回の診察にかかる費用は3000円ないし4000円(ちょっと安い)。最低自己負担額(免責額)はゼロ。自己負担の医療費が70万円を超えるとすべて保険でカバーされる。年間70万弱の保険料と診察ごとの診察料がかかるだけで、保険料が高いがそれなりの保証がついていると思えるシステム。保険料+上限の医療費で年間140万。プランAと変わらないか。

全94種類のなかで最高額の月22万5000円のプランや月額10万円を超えるプランは、どんな医療機関も使えるIndemnityと呼ばれるシステムなのだが、それ以外に大きなメリットはないみたい。医療機関を選ばないのは古いシステムだそうで、過去の負債が現在の保険料の高さに跳ね返っているのかもしれない。

さらに、これらの医療保険は、歯科をカバーしていない。アメリカは歯科治療費が高額なのでデンタルケアの保険にも加入する必要がある。月1万円程度で入れるが、自己負担も少なくない。きれいに歯を矯正して真っ白な歯をしている金持ちがいる一方で、そんなに高齢でもないのに口を開くと何本か歯が欠けている人が大勢いるのが、アメリカ社会だ。

なお、保険はいつでも別のプランに乗り換えられるので、家族の状況や体調を考えて乗り換える人は多いそうだ。それでも、人は病気を選んで体調を崩すわけではないのに、その病気はカバーしていませんと言われたり、あの先生なら直せるのに保険が効かないのでかかれない、という笑えない場面が多発する。

アメリカは医療分野では世界最先端を誇る。ところが大半の国民は自由にその最先端医療のメリットを享受できないでいるわけだ。医療保険制度の破綻はずいぶん前から言われていて、ヒラリー・クリントンはファーストレディ時代から医療保険改革を訴えていた。ブッシュは何もしなかった。
オバマは、母親がガンで亡くなる直前に、病気のことではなく医療費の支払いのことばかり心配していた。同じ不安や悩みから国民を解放したいと訴えて選挙戦を戦ったのだが、いよいよ本格的に制度改革にメスを入れようとしている。

一方、自由主義こそアメリカの真髄と信じて疑わない共和党の一部には「国民皆保険など導入したらアメリカがスエーデンのような“社会主義国”になってしまう」と、自分で保険を選んで入る現在のシステムを擁護する人たちがいる。

国民皆保険のどこが悪いのか、スエーデンのどこが社会主義国なのか、あるいは社会主義的であっても国民全員の福祉が増進されることのどこが問題なのか。アメリカの一部の保守層(&富裕層)には理解されない改革が、どこまで可能なのか。これまで何十年も放置されてきた制度を改革できるとすれば、オバマ大統領のもと、経済構造を変えようとしている今しかないはずだ。