THE RIGHT KIND OF TEARS

大統領選挙から一夜明けて、アメリカはまだ興奮のなかにいます。特に非白人系の人たちの感じている興奮が、際だっているように思います。昨日の夜は、泣いている黒人の人たちが本当にたくさんいました。今日は町を歩いていると黒人やヒスパニックの人たちが、何となく上機嫌でにこにこしているような気がしました。黒人大統領が誕生することの意味を、頭で考えて分かっていたつもりでしたが、もっと深くて大きな意味のある出来事なのだと実感しています。

オバマは第44代大統領になりますが、これまでの43代の大統領選は非白人の人たちにとっては蚊帳の外の出来事でした。
昨夜の大統領決定のアナウンスが各局で流れた頃、わが家の隣近所でも歓声やクラクションが聞こえたのですが、同様の興奮が全米を包みました。アメリカという多様な人種・多様な価値観の国に、自由と平等が本当に誰にでも(白人でなくても)保証されていることが嘘ではなかったのだと実感した瞬間。その興奮でした。アメリカが本当に人種を越えてUnitedな国になるトビラが開かれた、ということです。

おそらくアメリカ建国以来の最大の出来事といっていいかもしれないニュースを大見出しで載せた今朝の新聞は、文字通り飛ぶように売れたそうです。
我が家はそんなこともあるだろうと朝一番に新聞を買いに行きました。WASHINGTON POST, THE NEW YORK TIMES, USA TODAY, THE SUN, THE WALL STREET TIMES, FINANCIAL TIMES, NEW YORK POSTと、買えただけの新聞を買い込みました。夕方のニュースによると、全米で新聞が売り切れて、各新聞とも一日中増刷に追われ、新聞売り場には増刷された新聞の到着を待つ人たちの行列ができたそうです。

人気トークショーの黒人女性司会者Oprah(オベラ)は、オバマが大統領選に名乗りを上げた当初からの支援者。黒人で最も裕福な女性と言われる彼女(なにしろABCとの年間契約料が3億ドルを超える)は、影響力も発言力も破格ですが、その彼女が昨夜のシカゴの集会に駆けつけてオバマ勝利に泣き崩れていました。今日の番組は“Hope Won!”というTシャツを着てシカゴからの中継。5人ほどのコメンテーターと中継を結んでのトークでした。コメンテーターたちのコメントを拾ってみます。
オバマの勝利は、これまで誰も味わったことのないSpiritual Eventだ。黒人だけでなく白人の考え方も変えさせた。選挙キャンペーンというよりムーブメントだった。
(マケイン陣営のコメンテーターから)マケインと彼は汚い戦い方はせずに正々堂々と戦った。特にサラ・ペイリンの17歳の娘が妊娠中だとニュースが流れてメディアがオバマのコメントを取りにいった時「ボクの母は18歳でボクを生んだ」というコメントでマスコミを黙らせた。彼は冷静で、思慮深い品位のある人間だと尊敬した。
ヒラリー・クリントン支援者で女性解放活動家グロリア・スタイナム)マーティン・ルーサー・キングロバート・ケネディが暗殺されたとき、未来は奪われたと感じた。それが昨日、未来が戻ってきた。それもずっと大きくなって。

こうしたコメンテーターたちの総括も参考になりますが、もっと黒人たちの思いを切実に感じるのは一般の人たちのストーリーです。
102歳の黒人女性が75歳の娘に付き添われて人生初めての投票に行った。長生きできたことを神に感謝していると語っていました。
黒人の若い男性の談話。「家で家族とテレビを見ていたんだ。オバマが大統領に決まった瞬間、おじいちゃんを見たら涙を流しているんだ。父親も泣き出した。祖父も父も、白人の警官に棒で叩かれたり犬に追いかけられた経験を持っているんだ。見ていたボクも結局泣いちゃったよ。家族全員泣いていた」
やはり黒人の若い女性のインタビュー。「昨日の夜、おばあちゃんに電話して、やった(We did it!)って叫んじゃった。おばあちゃんのことを誇りに思っているって伝えたの(I'm so proud of you)」
ーーこれに続く番組のナレーション:彼女はこの後「どこか静かなところに行って泣くわ」といって立ち去っていきました。多くの黒人たちが涙にくれていますが、それは“The right kind of tears”(流す価値のある涙、ふさわしい涙)なのです。

人種問題は選挙の勝敗を左右する争点にはならなかったかもしれませんが、オバマ大統領誕生という選挙結果は、人種問題への何より効果的な処方箋であったと言えるようです。アメリカが階段を一段上がってよい方向に向かう希望を多くの人が感じているのは確かです。