9月11日 雑感

Mac5102010-09-12

9月11日。
ニューヨークのグラウンドゼロ、つまりワールドトレードセンターの跡地と、ワシントンのペンタゴン国防総省)前、ペンシルベニア州シャンクスビルで、2001年に起きた同時多発テロのメモリアルサービスが始まっている。

ニューヨークは、ブルームバーグ市長とジョー・バイデン副大統領、ワシントンはオバマ大統領、そして、あの日、自分たちの乗った飛行機が首都攻撃に向かっていることを知った乗客が自らを犠牲にして飛行機を墜落させたUnited93便の墜落地点、シャンクスビルでは、前ファーストレディのローラ・ブッシュと現ファーストレディのミシェル・オバマが並んで追悼式に参列、それぞれスピーチをした。

アメリ東海岸は数日前から朝晩冷え込むようになって、今朝の気温は13度。戸外で行われている式典の参列者は、セーターやフリース、あるいは皮のジャケットを着込んでいる人が目につく。

9年前の9月11日に、日本で夜のニュース番組の途中に突然飛び込んできた真っ黒い煙を巻き上げるワールドトレードセンター、2機目がもう片方のタワーに飛び込んでいく瞬間、しばらくして高層ビルが崩落していく場面、どれも忘れることのできない衝撃映像だったが、今朝のアメリ東海岸は、あの日と同じようなクリアな青空が広がっている。

今年の9月11日は、日本でも詳しく報じられていると思うが、グラウンドゼロの近くにイスラム教のモスクを建設する計画をめぐって世論が真っ二つに割れ、その上、9月11日にコーラン焚書をぶち上げたフロリダの狂信的な神父のせいで、イスラム諸国を中心に反米デモまで起きて国際問題に発展。軍の高官も、クリントン国務長官も、オバマ大統領も牧師に自制を求め、ゲーツ国防長官が直接電話で牧師を説得してようやくコーラン焚書は中止されたが、一部のアメリカ人の中に芽生えた反イスラム感情は、おさまってはいないようだ。

アメリカは憲法修正第一条で宗教の自由を認めているから、政治的にモスク建設を阻止することはできない。それに、911アルカイダというテロ組織がアメリカを攻撃したもので、イスラム教という宗教が攻撃したわけではない。識者は、イスラム世界がすべてアメリカの敵のように考える風潮に警鐘を鳴らしているのだが、市民感情はそう冷静なものではない。そのうえ、11月の中間選挙を控えた共和党が、反オバマ政権キャンペーンにこの反イスラム感情を煽っているところがあって、話はさらにややこしい。(オバマ大統領のミドルネームが「フセイン」というだけで、アメリカ人の5人に1人が彼はイスラム教徒だと思っているという調査結果まである)

しばらく前に、モスク建設に関するニュースの討論を見ていて、考えさせられる場面があった。モスク建設反対を唱える共和党議寄りの評論家が「グラウンドゼロの近くにイスラム教モスクを建設するのは、パールハーバーの隣にShinto shrine(神道の神社)を作るのと同じようなものだ」と発言。すると擁護派の一人がこう切り返した。

「パールバーバーと911は全く別のものだ。911アルカイダというひとつのテロ組織の暴挙だったが、パールバーバーは日本という国家による攻撃だった。同じに考えるのはおかしい」と。

その後、議論は「そんなこと言ったって、例えば学校の隣にポルノショップがあったりするじゃない、世の中はお互い意見の違いを呑み込んでやっていくものなのよ」というひどく現実的な女性コメンテーターのコメントでさらに白熱していったのだけれど、その先の展開は確認していない。

パールハーバー911は別の次元のものーーアメリカという国が、過去にたった1回だけ、他国によって領土が攻撃された、それが日本による真珠湾攻撃

結果的には2発の原爆で日本を降伏させ、 その後ベトナムや中東に何度も戦争を仕掛けてきた歴史を棚に上げて、まだそれを言うか、とも思うけど、アメリカ側から見た真珠湾はそういうものなのだ。

日本人がヒロシマナガサキを忘れないのと同じように、アメリカ人は(次元が違うとしても)パールハーバー911も忘れない。歴史の事実とはそういうものだと知っておかなければならないと、あらためて思う9月11日です。